おぼろげな記憶だが、その時に服を脱がされ上下共にぶかぶかな怜二のスウェットを着せられた。
恐らくワイシャツは洗濯機の中だ。
怜二も連日の残業で疲れているというのに、酔いつぶれ嘔吐と睡眠を繰り返す啓一を一晩中付きっきりで介抱してくれた。
怜二だけには弱みを見せたくないと思っているのに無様なものだ。随分と世話になった。
けれども、怜二の方は啓一の世話を焼く事には何とも思っていないのだろう。今も横になった啓一の背中を優しく摩り続けてくれる。
いつも過剰な対抗意識を燃やし、負けまいと躍起になっているのは、啓一だけ。昔からそうだ。
「………っっ」
「大丈夫か? まだ気持ち悪いか? それとも、少しは落ち着いたか?」
「………………ああ、大分…、マシ………」
弱みを見せているからか、思いの外小声になってしまった。
けれども、正直なところ、怜二の介抱の甲斐もあって随分と楽になっていきている。
怜二はそれを聞くと安堵を見せ、「水でも飲むか?」とキッチンへたった。
そんな細やかな気遣いをされると、どんな態度を取って良いか困る。
今も自分達は冷戦状態の筈なのに。
瞼を閉じ、未だに気分が優れない風を装って誤魔化す。
けれども、よくよく思えば、酔い潰れた啓一は隙だらけで、筒井にとってだけでなく、怜二にとっても格好のチャンスだったに違いない。
それなのに、手を出された覚えはない。
あるのは二日酔いの気怠さだ。
もちろん、前科を思えば油断ならない相手であるのは間違いない。
けれども、あの頃の怜二とは随分と違う。振る舞いや言葉から、大人の配慮や余裕を感じた。
(怜二も、落ち着いたか……)
「啓一、水は飲めるか?」
「……っ」
「飲めるなら、少し口に含んでおいた方が良い。ほら…」
「……ああ」
水の入ったコップを受け取り、恐る恐る口に含む。それを飲み下したところで、またソファーに項垂れかかる。
「本当に大丈夫なのか? その調子じゃ、今のところは何も食べられなさそうだな。だけど、食べられるようになったら言ってくれ。お粥かうどんくらいなら作ってやれるから」
「…………っ、あぁ……」
一言、素直に“ありがとう”と言えれば、どれだけ良いか。
怜二に散々迷惑を掛けているというのに、兄のプライドが邪魔をする。
けれども、数年来口を聞いていなかったとは思えない雰囲気だ。
普通の兄弟のごとく…。努めてなのかもしれないが、怜二の方は自然体だ。
(過去の事にいつまでもわだかまっているのは俺だけか……)
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